多様性に埋もるるもの

多様性という流砂に

共有の核芯が埋もれていく

本来は誰しも持っていることなのに

それはいつのまにか遠のいていて

掘り起こすために対価を払う

なんで

なんでそのまま気づかせてくれないの

なんでそれを先に知ったかのように

払えるものにしか与えないの

それはあなたが生み出したものなの

みんなでしあわせになればいいんじゃないの

技術のような後天的なものは

経験が必要かもしれない

でも生きるという先天的なものは

人は教えられないと

生きていけないのだろうか

現代では埋もれているものを掘り起こした

命の時間を費やした対価だろうか

それを再び我が物にするのか

わかるひとにはわかる

そうやって分けていくべきものなのだろうか

人の脳は複雑だ

それは豊かさにもなり

生きづらさにもなる

ヒトという種の源泉を

生物という種の

粒子という種の

その奥という源泉を

遠回りして辿り着こうと

しているのではないだろうか

それに至ることが必要かどうかも

それぞれの今世ではあるのだけども


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