なにがしたいかわからなくなったとき

10代の若者と話をしていて、「これから先のことがわからない。自分が何が好きで何をしたいのか、よくわからないんだ」と話していた

今の時代に特有の状況もあるだろうと思いながら、少しでも違う切り口になればとお話したのが過去の自分の体験だ

当時、残業はそこまで多くないものの週五で働き、暇だから考えすぎるとまでは言えなかった時代

その暇が費やされるほどに打ち込めるものもなかった時代だ

自分はなにをしたらいいのかわからなかったから、そこではじめは自分の外に探しにいっていた

旅行をして、新しいものを体験して、なにか出逢わないかと思って

いろんな情報が集まった

いろんな経験が得られた

でも、なにがしたいのか、わからなかった

いっときの楽しさのあとに訪れる空しさ

やっぱり自分にはなにもないんだと突きつけられるように

あるとき、外に探しにいくのを変えてみた

自分の中に探しにいった

思い出のなかの偶然と必然をちょっと信じてみて

その欠片たちを寄せ集めて、意味を考えたり、もう一度味わい直しにいったり、置き換えようとしたりしていた

あの時いいなと思ったことが

今もいいなと思えてるという事実

あの時のコンプレックスが

今の原動力と武器になっていくという事実

それは紛れもない。自分だけの命の中の経験。

これまでの人生で”なぜか”出逢った出来事

そのなんでもないところに、自分らしさはつまっていた


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